プロフィール
HN:
赤澤 舞
性別:
女性
職業:
飲食店店員
趣味:
お菓子作ったりピアノ弾いたり本読んだり絵描いたり
自己紹介:
東京・神奈川・埼玉あたりでちょこまか歌 を歌っております。
一応声種はソプラノらしいですが、自分は あんまりこだわってません(笑) 要望があればメッツォもアルトもやりま すヽ(^。^)丿
音楽とお酒と猫を愛してます(*´▽`*) 美味しいものには目がありません。
レトロゲームや特撮も好物です。
ヴァイオリンは好きだけど弾けませんorz
一応声種はソプラノらしいですが、自分は あんまりこだわってません(笑) 要望があればメッツォもアルトもやりま すヽ(^。^)丿
音楽とお酒と猫を愛してます(*´▽`*) 美味しいものには目がありません。
レトロゲームや特撮も好物です。
ヴァイオリンは好きだけど弾けませんorz
最新記事
(07/10)
(02/28)
(01/11)
(09/20)
(09/12)
P R
2019/06/07 (Fri)
こんにちは!
この記事もシリーズ17回目です。ほとんど自己満足で書いている研究ですが、続くものですねー。
今回、仕方ないとはいえ下世話な話題が入りますので、苦手な方はご覧にならないことをオススメします。
他国からコメント下さる方々、どうもありがとうございます。
筆者が英語が堪能でないために、気の効いたコメントをお返しできないことをお許しください。
※キリスト教徒でもユダヤ教徒でもイスラム教徒でもプロの考古学者でもないただの一般日本人(無宗教者)が、聖書を読んで楽しんでいるだけです。
気になったことは本を読んだりネットで情報を拾ったりしていますが、あくまで一般人が手に入れられる範囲です。
多大なる妄想を含んでいます。本気にしないでください。
○第十七章
アブラムが99歳になったとき、アブラム(のところ)に主があらわれて言いました。
「わたしは全能の神である。あなたはわたしの前を歩き、全き者でありなさい。わたしは契約をあなたとわたしの間に立てます。わたしはあなたをおびただしく増やしましょう。」
アブラムはひれ伏しました。神は言いました。
「あなたは多くの国民の父となります。あなたの名はもうアブラムと呼んではなりません。あなたの名はアブラハムとなります。わたしが、あなたを多くの国民の父とするからです。
わたしはあなたの子孫をおびただしく増やし、あなたを幾つかの国民にします。あなたたちの中から、王が出てくるでしょう。
わたしはわたしの契約をあなたとの間に、そしてあなたの後のあなたの子孫との間に、代々にわたる永遠の契約として立てます。わたしがあなたの神、あなたの後の子孫の神となるためです。
わたしはあなたが滞在している地、すなわちカナン全土をあなたとあなたの子孫に永遠の所有として与えます。わたしは彼らの神となります。」
続けて神はアブラハムに言いました。
「あなたは子孫と共に代々わたしとの契約を守らなければなりません。
次のことが守らなければいけないことです。
あなたがたの中のすべての男子は割礼を受けなさい。
あなたがたはあなたがたの包皮の肉を切り捨てなさい。それが契約のしるしです。
あなたがたの中の男子は生まれて八日目に割礼を受けなければなりません。
家で生まれたしもべも、外国人から金で買い取られたあなたがたの子孫ではない者も、必ず割礼を受けなければなりません。
わたしの契約は永遠の契約として、あなたがたの肉の上にしるさなけらばなりません。
包皮の肉を切り捨てていない無割礼の男は、その民から断ち切られねばなりません。わたしの契約を破ったのですから。」
更に神はいいました。
「あなたの妻サライのことですが、サライと呼んではいけません。その名はサラとなるからです。
わたしは彼女を祝福しましょう。確かに彼女によって、あなたにひとりの男の子を与えましょう。
彼女は国々の母になり、国々の民の王たちが彼女から出てきます。」
アブラハムはひれ伏して笑いましたが、心の中で言いました。
「100歳の者に子供が生まれるものなのか?サラにしても、90歳の女に子供を産むことができるのか?」
そしてアブラハムは神に言いました。
「イシュマエルがあなたの御前で生き永らえますように。」
すると神はいいました。
「いや、サラがあなたに男の子を生むんですよ。その子にイサクと名付なさい。この契約を彼と彼の子孫のために永遠のものとします。
イシュマエルについては、あなたの願いを聞き入れました。彼を祝福し、子孫を大いに増やしましょう。彼は12人の族長を生みます。わたしは彼を大いなる国民にしましょう。
しかしわたしは来年の今頃サラがあなたに産むイサクとの間に契約を立てます。」
神は語り終わると、彼から離れて上っていきました。
アブラハムはすぐに神の言うとおりに、家の男すべてに割礼をその日の内に受けさせました。
アブラハムが割礼を受けたのは99歳のときでした。
イシュマエルが割礼を受けたとき、彼は13歳でした。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
前回の続きです。
壮絶な嫁争いの末に第二夫人が家出というドロドロな家庭環境ですが、アブラムはとりあえず平和に暮らしていたっぽいです。
御年99歳を迎えるアブラム、超高齢化社会の日本ではあんまり珍しくありませんけども、紀元前の世界でリアルにこの年齢の御方って珍しかったのではないでしょうか。(初期の創世記の方々は例外)
さて、アブラムが99歳になったとき、いきなり神が現れました。流石にもうアブラムも驚きませんね。
神は「わたしの前を歩き、全き者でありなさい」とアブラムに言いました。
アブラムより前に「全き者」と記述があったのは、今のところ方舟を作って生き延びたノアただひとりだけです。ノアは荒れた時代の中でも清く正しく、そして何より神に従順な、神さまから見て完璧な男でした。
ノアみたいな敬虔な者になってくれよ、と言っているということは、現時点でアブラムはそうではないということです。
色々見破られてマズイ自覚があったのか、アブラムはお白州で遠山の金さんを目の前にした代官のようにひれ伏します。そんなアブラムに、また神さまは契約を持ちかけました。
15章で生け贄の儀式を対価にした契約をしましたが、あのときの契約は(たぶん)失敗したんでもう一回結んでやろうというお情けかもしれません。
以前にも申し上げましたが、この神さまの宗教は
「信仰は一度失敗したら、最初に戻ってやり直すことで回復する」
というリカバリー機能があります。
今回も、神側の契約は
〇カナンの土地を与える
〇アブラムの子孫を増やす
という二点です。
それにつきまして、神さまはアブラムの名前を《アブラハム》に変えました。
なんでこの名前に改名したかは言語学者さんたちが色々説を唱えていらっしゃるようですが、いまだにハッキリとは正解が出ていないそうです。
「アブ」は《父親》、「ラーム」は《高める》で「父は高められる」という名前だったところから、「ラーハーム/ハモーン」《多くの》に変わって「多くの父」になった、というのが主流の説なようです。
大して変わってないやんけ、と思われますが、アブラムは「高い身分の父」、アブラハムは「多くの人、国民の父」という意味になります。
その改名理由が次の説明「わたしが、あなたを多くの国民の父とするからです。」というわけです。
前回の契約のときよりも、ちょっと現実的な説明ですな。たくさん増やしたアブラハムの子孫は幾つかの国を作り、その中から王が出てくるということです。
ここで言っている「王」は、これまで出てきた王たち…レメクやニムロドや、ケドルラオメルたちとは違って、神さまが認めた王さまです。最初は人間が定住することすら嫌がってたのに、だいぶ寛容になりましたね。従順な人間をエデンに戻すのを諦めたのか、それとも人間の自立を認めたのか…?
さて、その契約を執行するためにはアブラム改めアブラハム側も条件を満たさなくてはなりません。
今回は、前回と違って複雑な生け贄の儀式などは一切ありません。
〇アブラハムの家の男は今後全員割礼をすること
が条件です。
「あなたがたの包皮の肉を切り捨てなさい」という言葉通り、つまりは包茎手術です。包茎手術をすることが神の加護を得る条件とは、日本に住んでる私の感覚からすると関連性がぶっ飛びすぎてて全く意味が分かりません(爆)
しかし、今でもユダヤ・キリスト・イスラム教では割礼を行っているところもあるそうですので、信じるに値する意味があるのでしょう。ちょっと調べてみます。
男性器は個人差にもよりますが、先端部分が皮に覆われています。(ちなみに日本人には包茎が多いらしい)この皮部分を切除して、先端部分を露出させるのが包茎手術です。
先端部分が露出していると、どんな効果があるのか?一応私は生物学的に女性なのでイマイチ実感しにくいですが、Webで調べた効果をいくつか載せておきます。
①性感染症になりにくい
性感染症に限らず、感染症は菌の繁殖で発生します。菌が繁殖するには温度と湿度と栄養分(この場合は汚れ)が必要です。
アソコが皮を被った状態ですと、そのゆるゆるの皮の裏部分に汚れが溜まりやすくなります。その汚れで菌が繁殖し、感染症になるわけです。女性にも大迷惑です。
もちろん複数の人間と無分別に性行為などしなければ、そしてちゃんと毎日綺麗にしていれば、そんなことにはなりません。でも、このお話の人々は水の少ない砂漠地帯に住んでいます。この時代、衛生観念もそんなに発達しているとは考えられません。
そんな状態で男性がハーレムなんて作ってごらんなさい。たちまち一族全員が性病患者です。
そこでアソコの皮を取ってしまいますと、まず亀頭粘膜が角質化し、乾きやすくなりますので「水分」がクリアできます。そして汚れが溜まりやすい皮部分そのものがないので、垢や性交後の膣分泌液も残りにくくなります。「汚れ」もクリアです。
また包皮には 性感染症の標的となる細胞が多数存在するらしいのですが、包皮を切除することによってその標的細胞の数が減るとも考えられているそうです。
②快楽を得にくくなる
これは学者さんによっても意見が色々で、あんまり決定的な効果とは言いにくいのですが。
包茎手術をしますと、つまりいつでもズル剥け状態になりますので刺激に慣れてしまうようです。早漏に悩む男性が、包茎手術を受けるのはこのためなんですね。あと皮と先端が擦れることによる刺激が無くなる効果もあります。そのため快楽目的だけの行為とか、自慰による無駄打ちが防げるというわけです。
以上を踏まえて妄想致しますと、①と②の効果はどちらも《子孫をたくさん増やす》という神の契約に直結していると思われます。
恐らくですが、アブラムがこのカナンの地にやってきて24年経つうちに、アブラムの一族にも若干の堕落が見られてきたのではないでしょうか。筆頭となる族長のアブラムだけで、奴隷たちの風紀の管理までしっかり出来ているとは考えにくい状況です。
もしかしたらこの話が出来た頃に、この地域で性病が流行った可能性もあります。世間で蔓延する性病を自分の民族が回避するために、こういう決まりにしたのではないでしょうか。ノアの契約の「血抜きしていない肉は食べてはいけない」もそうでしたが、所謂「おばあちゃんの知恵袋」的なやつですね。
医療の発達していない地域では、まず病気にかからないことが生き延びる必須条件です。
性病は、直接すぐに死に至ることは無いかもしれませんが「子孫を大いに増やす」というこのお話の人々の目標の大きな障害になります。そしてただでさえ貧しい地域で、貴重なエネルギーを自慰や遊びでの性交に費やされるのも予防できます。射精は1回につき100メートルを全力疾走するのと同じくらい体力を使うそうですので、そんなもったいないことはさせたくないというわけです。
要は、「遊んでる暇があるなら子作りしろ。」と言いたいんですな(爆)
ユダヤ教では割礼はブリット (ברית/Brit) と呼ばれ、ヘブライ語で「契約」を意味する語だそうです。(たぶん後付けだと思いますが)
また、キリスト教信者が多いアメリカ合衆国では、19世紀末から衛生上や青少年の自慰行為を防ぐ目的などの名目で包茎手術が行われるようになったとか。
ただ、現代では衛生上の必要性は薄いことと、手術が新生児にはハイリスクだということで1998年小児科学会から包皮切除を推奨しないガイドラインが提出されました。
そりゃ、古代と現代じゃ状況も違うし国が違えば環境も違いますものね。
このお話は
《紀元前1500年くらい》の《砂漠地帯》に住んでる《当時の少数民族》が【厳しい環境で生き抜き、自らの民族を強大なものにするため】に書いたものです。
ですから、そのまんま現代に当てはまるわけはないと私は考えます。
とはいえ、今でもまだまだ環境だったり、宗教上の理由で割礼をしている方も多いです。まあ、そこは個人の自由なんじゃないですかね。
そんなわけで、【生後8日目以上の男子は全員】、血が繋がってなくても召し使いも奴隷も国籍も関係なく、アブラハムの一族と一緒に住んでいる人はみんな割礼を受けるという条件が提示されました。
そして神さまはアブラハムだけでなく、妻のサライも改名しました。
「私の女王」という意味のサライから、サラという名前に変わります。
意味は、私が見たサイトでは「女王」となっていました。「多くの国民の母」としているところもありましたが、語源的になんでそうなるのかよくわかりませんので多分アブラハムに合わせて後付けしたんじゃないかなと勝手に考えています(爆)
当時65歳にも関わらずその美しさでファラオの宮廷に招かれたほどの器量良しですので、まあ【女王】の名は相応しいかもしれません。(高慢な性格も女王っぽいと思うよ。)
「彼女は国々の母になり、国々の民の王たちが彼女から出てきます。」 という神さまの言葉から察するに、《サライ》は「私の女王」…女王さまみたいに綺麗で気品がある私の可愛い子、というニュアンスでサライの親御さんが付けたお名前。
一方、《サラ》は「マジもんの女王」…いずれ各国の王さまたちの母親になるように、神さまが命令の意味で付けたお名前。
…と解釈できるかと思うんですが如何でしょう。
とあるサイトでは興味深い解釈を拝見しました。
アブラハムもサラも、今回の改名につき同じヘブライ文字が追加されていて、その文字が重要だというのです。
アブラハムは「ラ」のあとに「へー」(ה)が付きます。サラも語尾の「ヨード」(י)が抜けて、その代わりに「へー」(ה)が付きます。
この「 ה」という文字、「歩く、歩き回る」という意味の動詞「ハーラフ 」(הָלַךְ) 」の頭文字だそうです。
この章の最初に神さまが言った「わたしの前を歩け」という言葉を、名前に刻み込んだと見ることもできます。
過去、「神と共に歩む」という表現を使われた人は先程も申しましたノアと、それよりもっと前に出てきたエノクだけです。エノクは神と共に歩み、そのあと「神に取られた」とされる人物で、よっぽど神のお気に入りだったと思われます。こんなふうになってくれないかなー、という気持ちの表れなのでしょうか?
そもそも「ハーラフ」という動詞が一番はじめにでてきたのは創世記の3章で「楽園を歩き回る神」というところだそうです。このときの神は人間を探していました。その声を聞いたアダムとエバは、言いつけに背いて知恵の実を勝手に食べた後ろめたさから木陰に隠れました。先に距離を取ったのは人間だったというわけで、神さまの望みとしてはその距離を人間から縮めて欲しいということなんだそうな。
つまりこのお話の中の「ハーラフ(歩く、歩き回る)」には「神さまを求め、神さまとの距離を縮めるべく動く」という意味が含まれていると言えます。
だからウルにいた頃のアブラムに神が告げた「故郷を出て、わたしの示す方へ行け(歩け)」という言葉にもハーラフが使われているんですね。
そんな言葉の頭文字をわざわざ名前に組み込んだということは、よっぽどアブラハムに期待してるんでしょうか。それとも今度こそ失敗して欲しくなかったのでしょうか。既に一度大洪水でリセットしてますし、もう一回やり直しは相当キツいですからね……。
さて、そんなどえらい名前を付けられたとはイマイチピンと来てないっぽいアブラハム。表面上はニコニコしながら、心のなかで
(えー…こんなジジババに子供って出来るもんなの…?)
と正直な感想。まあその気持ちもわかります。
アダムたち神代の世代は100歳越えてもボコボコ子供作ってましたけど、大洪水を境に寿命が縮むと共に出産年齢も現代に近いくらいになりました。常識的に考えて、100歳と90歳の夫婦で子作りは無理があります。…男性側はもしかしたらイケるかもしれませんが、女性はまず不可能だと思われます。
それでも、面と向かって神に物申すことなんて出来ませんから「きっと神はなんか勘違いしてるんだろう!」と自己完結して「イシュマエルがあなたの前で生き永らえますように。」と言いました。今自分のもとにいる実子はイシュマエルだけですし、今後も増えることはないだろうな、と思っているので仕方ありませんな。
すると神は即座に「いや、サラが生む子のことだ」と否定します。そして「その子にイサクと名付けなさい」と、また名前を勝手に付けました。
イサクは「彼は笑う」という意味だそうです。
英語ではアイザック、ヘブライ語ではイツハク、アラビア語ではイスハークと読みます。
同じ名前ですと、物理学者・自然哲学者・数学者のニュートンが有名ですかね。
とりあえず、予言のとおりに男の子が生まれてイサクという名を付ければ、さっき言った契約は彼のためのものになるようです。
じゃー先に生まれたイシュマエルはどうするん、と思ったら、そこもちゃんとアフターケアがなされていました。さっきのアブラハムのお願い(自己完結からの勘違いですけど)のとおり、イシュマエルも祝福し、子孫を大いに増やしてやろうと言いました。彼は彼で、12個の族長の祖師になるようです。でもイサクの契約とはまた別物で、国の王を輩出するほどの力は持たないということになります。
ふたりの子供についての契約のお話を終えると、神は天へ帰っていきました。神が帰るやいなやアブラハムはすぐ神の言った通り、自分を含む家の男全員に割礼を受けさせました。たった13歳のイシュマエルも例外ではありません。
アブラハムのおうちで働いていた召し使いたちは
「今から君たち全員に包茎手術をします!」
と宣言した99歳の雇い主にどんな感情を抱いたんでしょうね。
私なら「おじいちゃん、ついにボケたのかしら…」と思うところです。
では、続きは次回。
今回の楽曲は
ジャコモ・カリッシミ作曲、ヒストリア《アブラハムとイサク》より「神はアブラハムを試され」
https://youtu.be/ayCFSnzCORg
ジャコモ・カリッシミ(1605~1674年)は、イタリア盛期バロックの作曲家。
声楽をやってる人ならやったことが、或いは聞いたあるであろう
「勝利だ、私の心よ Vittoria, mio core 」(ソプラノと通奏低音のためのカンタータ、1646年)
が有名ですかね。個人的にイタリア古典歌曲集の中で好きな曲ベスト3に入ります。
モンテヴェルディの後継者だった彼の偉業のひとつがレチタティーヴォの発展で、劇音楽に大きな影響を及ぼしました。オラトリオやオペラなどは、彼を始めとする音楽家たちが頑張ってくれなかったら成立してなかったかもしれないですね。
ちなみに《ヒストリア》というジャンルは、聖書の物語による音楽のことです。
オラトリオと似てますけども、オラトリオほどルールが厳しくないみたいです。(あんまり説明がなかったので、間違ってたらすみません)
オラトリオの場合は
○演奏会形式で上演される
○独唱・合唱・オーケストラの編成で構成要素(レチタティーヴォ、アリア、合唱、器楽曲など)はオペラに似てる
○通常、宗教的な内容をもつ
○「語り手」が存在し、中心的役割を果たす
などなど、ルールが細かいです。
この記事もシリーズ17回目です。ほとんど自己満足で書いている研究ですが、続くものですねー。
今回、仕方ないとはいえ下世話な話題が入りますので、苦手な方はご覧にならないことをオススメします。
他国からコメント下さる方々、どうもありがとうございます。
筆者が英語が堪能でないために、気の効いたコメントをお返しできないことをお許しください。
※キリスト教徒でもユダヤ教徒でもイスラム教徒でもプロの考古学者でもないただの一般日本人(無宗教者)が、聖書を読んで楽しんでいるだけです。
気になったことは本を読んだりネットで情報を拾ったりしていますが、あくまで一般人が手に入れられる範囲です。
多大なる妄想を含んでいます。本気にしないでください。
○第十七章
アブラムが99歳になったとき、アブラム(のところ)に主があらわれて言いました。
「わたしは全能の神である。あなたはわたしの前を歩き、全き者でありなさい。わたしは契約をあなたとわたしの間に立てます。わたしはあなたをおびただしく増やしましょう。」
アブラムはひれ伏しました。神は言いました。
「あなたは多くの国民の父となります。あなたの名はもうアブラムと呼んではなりません。あなたの名はアブラハムとなります。わたしが、あなたを多くの国民の父とするからです。
わたしはあなたの子孫をおびただしく増やし、あなたを幾つかの国民にします。あなたたちの中から、王が出てくるでしょう。
わたしはわたしの契約をあなたとの間に、そしてあなたの後のあなたの子孫との間に、代々にわたる永遠の契約として立てます。わたしがあなたの神、あなたの後の子孫の神となるためです。
わたしはあなたが滞在している地、すなわちカナン全土をあなたとあなたの子孫に永遠の所有として与えます。わたしは彼らの神となります。」
続けて神はアブラハムに言いました。
「あなたは子孫と共に代々わたしとの契約を守らなければなりません。
次のことが守らなければいけないことです。
あなたがたの中のすべての男子は割礼を受けなさい。
あなたがたはあなたがたの包皮の肉を切り捨てなさい。それが契約のしるしです。
あなたがたの中の男子は生まれて八日目に割礼を受けなければなりません。
家で生まれたしもべも、外国人から金で買い取られたあなたがたの子孫ではない者も、必ず割礼を受けなければなりません。
わたしの契約は永遠の契約として、あなたがたの肉の上にしるさなけらばなりません。
包皮の肉を切り捨てていない無割礼の男は、その民から断ち切られねばなりません。わたしの契約を破ったのですから。」
更に神はいいました。
「あなたの妻サライのことですが、サライと呼んではいけません。その名はサラとなるからです。
わたしは彼女を祝福しましょう。確かに彼女によって、あなたにひとりの男の子を与えましょう。
彼女は国々の母になり、国々の民の王たちが彼女から出てきます。」
アブラハムはひれ伏して笑いましたが、心の中で言いました。
「100歳の者に子供が生まれるものなのか?サラにしても、90歳の女に子供を産むことができるのか?」
そしてアブラハムは神に言いました。
「イシュマエルがあなたの御前で生き永らえますように。」
すると神はいいました。
「いや、サラがあなたに男の子を生むんですよ。その子にイサクと名付なさい。この契約を彼と彼の子孫のために永遠のものとします。
イシュマエルについては、あなたの願いを聞き入れました。彼を祝福し、子孫を大いに増やしましょう。彼は12人の族長を生みます。わたしは彼を大いなる国民にしましょう。
しかしわたしは来年の今頃サラがあなたに産むイサクとの間に契約を立てます。」
神は語り終わると、彼から離れて上っていきました。
アブラハムはすぐに神の言うとおりに、家の男すべてに割礼をその日の内に受けさせました。
アブラハムが割礼を受けたのは99歳のときでした。
イシュマエルが割礼を受けたとき、彼は13歳でした。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
前回の続きです。
壮絶な嫁争いの末に第二夫人が家出というドロドロな家庭環境ですが、アブラムはとりあえず平和に暮らしていたっぽいです。
御年99歳を迎えるアブラム、超高齢化社会の日本ではあんまり珍しくありませんけども、紀元前の世界でリアルにこの年齢の御方って珍しかったのではないでしょうか。(初期の創世記の方々は例外)
さて、アブラムが99歳になったとき、いきなり神が現れました。流石にもうアブラムも驚きませんね。
神は「わたしの前を歩き、全き者でありなさい」とアブラムに言いました。
アブラムより前に「全き者」と記述があったのは、今のところ方舟を作って生き延びたノアただひとりだけです。ノアは荒れた時代の中でも清く正しく、そして何より神に従順な、神さまから見て完璧な男でした。
ノアみたいな敬虔な者になってくれよ、と言っているということは、現時点でアブラムはそうではないということです。
色々見破られてマズイ自覚があったのか、アブラムはお白州で遠山の金さんを目の前にした代官のようにひれ伏します。そんなアブラムに、また神さまは契約を持ちかけました。
15章で生け贄の儀式を対価にした契約をしましたが、あのときの契約は(たぶん)失敗したんでもう一回結んでやろうというお情けかもしれません。
以前にも申し上げましたが、この神さまの宗教は
「信仰は一度失敗したら、最初に戻ってやり直すことで回復する」
というリカバリー機能があります。
今回も、神側の契約は
〇カナンの土地を与える
〇アブラムの子孫を増やす
という二点です。
それにつきまして、神さまはアブラムの名前を《アブラハム》に変えました。
なんでこの名前に改名したかは言語学者さんたちが色々説を唱えていらっしゃるようですが、いまだにハッキリとは正解が出ていないそうです。
「アブ」は《父親》、「ラーム」は《高める》で「父は高められる」という名前だったところから、「ラーハーム/ハモーン」《多くの》に変わって「多くの父」になった、というのが主流の説なようです。
大して変わってないやんけ、と思われますが、アブラムは「高い身分の父」、アブラハムは「多くの人、国民の父」という意味になります。
その改名理由が次の説明「わたしが、あなたを多くの国民の父とするからです。」というわけです。
前回の契約のときよりも、ちょっと現実的な説明ですな。たくさん増やしたアブラハムの子孫は幾つかの国を作り、その中から王が出てくるということです。
ここで言っている「王」は、これまで出てきた王たち…レメクやニムロドや、ケドルラオメルたちとは違って、神さまが認めた王さまです。最初は人間が定住することすら嫌がってたのに、だいぶ寛容になりましたね。従順な人間をエデンに戻すのを諦めたのか、それとも人間の自立を認めたのか…?
さて、その契約を執行するためにはアブラム改めアブラハム側も条件を満たさなくてはなりません。
今回は、前回と違って複雑な生け贄の儀式などは一切ありません。
〇アブラハムの家の男は今後全員割礼をすること
が条件です。
「あなたがたの包皮の肉を切り捨てなさい」という言葉通り、つまりは包茎手術です。包茎手術をすることが神の加護を得る条件とは、日本に住んでる私の感覚からすると関連性がぶっ飛びすぎてて全く意味が分かりません(爆)
しかし、今でもユダヤ・キリスト・イスラム教では割礼を行っているところもあるそうですので、信じるに値する意味があるのでしょう。ちょっと調べてみます。
男性器は個人差にもよりますが、先端部分が皮に覆われています。(ちなみに日本人には包茎が多いらしい)この皮部分を切除して、先端部分を露出させるのが包茎手術です。
先端部分が露出していると、どんな効果があるのか?一応私は生物学的に女性なのでイマイチ実感しにくいですが、Webで調べた効果をいくつか載せておきます。
①性感染症になりにくい
性感染症に限らず、感染症は菌の繁殖で発生します。菌が繁殖するには温度と湿度と栄養分(この場合は汚れ)が必要です。
アソコが皮を被った状態ですと、そのゆるゆるの皮の裏部分に汚れが溜まりやすくなります。その汚れで菌が繁殖し、感染症になるわけです。女性にも大迷惑です。
もちろん複数の人間と無分別に性行為などしなければ、そしてちゃんと毎日綺麗にしていれば、そんなことにはなりません。でも、このお話の人々は水の少ない砂漠地帯に住んでいます。この時代、衛生観念もそんなに発達しているとは考えられません。
そんな状態で男性がハーレムなんて作ってごらんなさい。たちまち一族全員が性病患者です。
そこでアソコの皮を取ってしまいますと、まず亀頭粘膜が角質化し、乾きやすくなりますので「水分」がクリアできます。そして汚れが溜まりやすい皮部分そのものがないので、垢や性交後の膣分泌液も残りにくくなります。「汚れ」もクリアです。
また包皮には 性感染症の標的となる細胞が多数存在するらしいのですが、包皮を切除することによってその標的細胞の数が減るとも考えられているそうです。
②快楽を得にくくなる
これは学者さんによっても意見が色々で、あんまり決定的な効果とは言いにくいのですが。
包茎手術をしますと、つまりいつでもズル剥け状態になりますので刺激に慣れてしまうようです。早漏に悩む男性が、包茎手術を受けるのはこのためなんですね。あと皮と先端が擦れることによる刺激が無くなる効果もあります。そのため快楽目的だけの行為とか、自慰による無駄打ちが防げるというわけです。
以上を踏まえて妄想致しますと、①と②の効果はどちらも《子孫をたくさん増やす》という神の契約に直結していると思われます。
恐らくですが、アブラムがこのカナンの地にやってきて24年経つうちに、アブラムの一族にも若干の堕落が見られてきたのではないでしょうか。筆頭となる族長のアブラムだけで、奴隷たちの風紀の管理までしっかり出来ているとは考えにくい状況です。
もしかしたらこの話が出来た頃に、この地域で性病が流行った可能性もあります。世間で蔓延する性病を自分の民族が回避するために、こういう決まりにしたのではないでしょうか。ノアの契約の「血抜きしていない肉は食べてはいけない」もそうでしたが、所謂「おばあちゃんの知恵袋」的なやつですね。
医療の発達していない地域では、まず病気にかからないことが生き延びる必須条件です。
性病は、直接すぐに死に至ることは無いかもしれませんが「子孫を大いに増やす」というこのお話の人々の目標の大きな障害になります。そしてただでさえ貧しい地域で、貴重なエネルギーを自慰や遊びでの性交に費やされるのも予防できます。射精は1回につき100メートルを全力疾走するのと同じくらい体力を使うそうですので、そんなもったいないことはさせたくないというわけです。
要は、「遊んでる暇があるなら子作りしろ。」と言いたいんですな(爆)
ユダヤ教では割礼はブリット (ברית/Brit) と呼ばれ、ヘブライ語で「契約」を意味する語だそうです。(たぶん後付けだと思いますが)
また、キリスト教信者が多いアメリカ合衆国では、19世紀末から衛生上や青少年の自慰行為を防ぐ目的などの名目で包茎手術が行われるようになったとか。
ただ、現代では衛生上の必要性は薄いことと、手術が新生児にはハイリスクだということで1998年小児科学会から包皮切除を推奨しないガイドラインが提出されました。
そりゃ、古代と現代じゃ状況も違うし国が違えば環境も違いますものね。
このお話は
《紀元前1500年くらい》の《砂漠地帯》に住んでる《当時の少数民族》が【厳しい環境で生き抜き、自らの民族を強大なものにするため】に書いたものです。
ですから、そのまんま現代に当てはまるわけはないと私は考えます。
とはいえ、今でもまだまだ環境だったり、宗教上の理由で割礼をしている方も多いです。まあ、そこは個人の自由なんじゃないですかね。
そんなわけで、【生後8日目以上の男子は全員】、血が繋がってなくても召し使いも奴隷も国籍も関係なく、アブラハムの一族と一緒に住んでいる人はみんな割礼を受けるという条件が提示されました。
そして神さまはアブラハムだけでなく、妻のサライも改名しました。
「私の女王」という意味のサライから、サラという名前に変わります。
意味は、私が見たサイトでは「女王」となっていました。「多くの国民の母」としているところもありましたが、語源的になんでそうなるのかよくわかりませんので多分アブラハムに合わせて後付けしたんじゃないかなと勝手に考えています(爆)
当時65歳にも関わらずその美しさでファラオの宮廷に招かれたほどの器量良しですので、まあ【女王】の名は相応しいかもしれません。(高慢な性格も女王っぽいと思うよ。)
「彼女は国々の母になり、国々の民の王たちが彼女から出てきます。」 という神さまの言葉から察するに、《サライ》は「私の女王」…女王さまみたいに綺麗で気品がある私の可愛い子、というニュアンスでサライの親御さんが付けたお名前。
一方、《サラ》は「マジもんの女王」…いずれ各国の王さまたちの母親になるように、神さまが命令の意味で付けたお名前。
…と解釈できるかと思うんですが如何でしょう。
とあるサイトでは興味深い解釈を拝見しました。
アブラハムもサラも、今回の改名につき同じヘブライ文字が追加されていて、その文字が重要だというのです。
アブラハムは「ラ」のあとに「へー」(ה)が付きます。サラも語尾の「ヨード」(י)が抜けて、その代わりに「へー」(ה)が付きます。
この「 ה」という文字、「歩く、歩き回る」という意味の動詞「ハーラフ 」(הָלַךְ) 」の頭文字だそうです。
この章の最初に神さまが言った「わたしの前を歩け」という言葉を、名前に刻み込んだと見ることもできます。
過去、「神と共に歩む」という表現を使われた人は先程も申しましたノアと、それよりもっと前に出てきたエノクだけです。エノクは神と共に歩み、そのあと「神に取られた」とされる人物で、よっぽど神のお気に入りだったと思われます。こんなふうになってくれないかなー、という気持ちの表れなのでしょうか?
そもそも「ハーラフ」という動詞が一番はじめにでてきたのは創世記の3章で「楽園を歩き回る神」というところだそうです。このときの神は人間を探していました。その声を聞いたアダムとエバは、言いつけに背いて知恵の実を勝手に食べた後ろめたさから木陰に隠れました。先に距離を取ったのは人間だったというわけで、神さまの望みとしてはその距離を人間から縮めて欲しいということなんだそうな。
つまりこのお話の中の「ハーラフ(歩く、歩き回る)」には「神さまを求め、神さまとの距離を縮めるべく動く」という意味が含まれていると言えます。
だからウルにいた頃のアブラムに神が告げた「故郷を出て、わたしの示す方へ行け(歩け)」という言葉にもハーラフが使われているんですね。
そんな言葉の頭文字をわざわざ名前に組み込んだということは、よっぽどアブラハムに期待してるんでしょうか。それとも今度こそ失敗して欲しくなかったのでしょうか。既に一度大洪水でリセットしてますし、もう一回やり直しは相当キツいですからね……。
さて、そんなどえらい名前を付けられたとはイマイチピンと来てないっぽいアブラハム。表面上はニコニコしながら、心のなかで
(えー…こんなジジババに子供って出来るもんなの…?)
と正直な感想。まあその気持ちもわかります。
アダムたち神代の世代は100歳越えてもボコボコ子供作ってましたけど、大洪水を境に寿命が縮むと共に出産年齢も現代に近いくらいになりました。常識的に考えて、100歳と90歳の夫婦で子作りは無理があります。…男性側はもしかしたらイケるかもしれませんが、女性はまず不可能だと思われます。
それでも、面と向かって神に物申すことなんて出来ませんから「きっと神はなんか勘違いしてるんだろう!」と自己完結して「イシュマエルがあなたの前で生き永らえますように。」と言いました。今自分のもとにいる実子はイシュマエルだけですし、今後も増えることはないだろうな、と思っているので仕方ありませんな。
すると神は即座に「いや、サラが生む子のことだ」と否定します。そして「その子にイサクと名付けなさい」と、また名前を勝手に付けました。
イサクは「彼は笑う」という意味だそうです。
英語ではアイザック、ヘブライ語ではイツハク、アラビア語ではイスハークと読みます。
同じ名前ですと、物理学者・自然哲学者・数学者のニュートンが有名ですかね。
とりあえず、予言のとおりに男の子が生まれてイサクという名を付ければ、さっき言った契約は彼のためのものになるようです。
じゃー先に生まれたイシュマエルはどうするん、と思ったら、そこもちゃんとアフターケアがなされていました。さっきのアブラハムのお願い(自己完結からの勘違いですけど)のとおり、イシュマエルも祝福し、子孫を大いに増やしてやろうと言いました。彼は彼で、12個の族長の祖師になるようです。でもイサクの契約とはまた別物で、国の王を輩出するほどの力は持たないということになります。
ふたりの子供についての契約のお話を終えると、神は天へ帰っていきました。神が帰るやいなやアブラハムはすぐ神の言った通り、自分を含む家の男全員に割礼を受けさせました。たった13歳のイシュマエルも例外ではありません。
アブラハムのおうちで働いていた召し使いたちは
「今から君たち全員に包茎手術をします!」
と宣言した99歳の雇い主にどんな感情を抱いたんでしょうね。
私なら「おじいちゃん、ついにボケたのかしら…」と思うところです。
では、続きは次回。
今回の楽曲は
ジャコモ・カリッシミ作曲、ヒストリア《アブラハムとイサク》より「神はアブラハムを試され」
https://youtu.be/ayCFSnzCORg
ジャコモ・カリッシミ(1605~1674年)は、イタリア盛期バロックの作曲家。
声楽をやってる人ならやったことが、或いは聞いたあるであろう
「勝利だ、私の心よ Vittoria, mio core 」(ソプラノと通奏低音のためのカンタータ、1646年)
が有名ですかね。個人的にイタリア古典歌曲集の中で好きな曲ベスト3に入ります。
モンテヴェルディの後継者だった彼の偉業のひとつがレチタティーヴォの発展で、劇音楽に大きな影響を及ぼしました。オラトリオやオペラなどは、彼を始めとする音楽家たちが頑張ってくれなかったら成立してなかったかもしれないですね。
ちなみに《ヒストリア》というジャンルは、聖書の物語による音楽のことです。
オラトリオと似てますけども、オラトリオほどルールが厳しくないみたいです。(あんまり説明がなかったので、間違ってたらすみません)
オラトリオの場合は
○演奏会形式で上演される
○独唱・合唱・オーケストラの編成で構成要素(レチタティーヴォ、アリア、合唱、器楽曲など)はオペラに似てる
○通常、宗教的な内容をもつ
○「語り手」が存在し、中心的役割を果たす
などなど、ルールが細かいです。
PR
この記事にコメントする