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音楽とお酒と歴史探索が趣味です。色々書きなぐってます。
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  プロフィール
HN:
赤澤 舞
性別:
女性
職業:
飲食店店員
趣味:
お菓子作ったりピアノ弾いたり本読んだり絵描いたり
自己紹介:
東京・神奈川・埼玉あたりでちょこまか歌 を歌っております。

一応声種はソプラノらしいですが、自分は あんまりこだわってません(笑) 要望があればメッツォもアルトもやりま すヽ(^。^)丿

音楽とお酒と猫を愛してます(*´▽`*) 美味しいものには目がありません。

レトロゲームや特撮も好物です。

ヴァイオリンは好きだけど弾けませんorz
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2024/05/19 (Sun)
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2015/09/13 (Sun)
※この記事の内容は、キリスト教徒でもユダヤ教徒でもイスラム教徒でもプロの考古学者でもないただの一般日本人が、聖書を読んで楽しんでいるだけです。
気になったことは本を読んだりネットで情報を拾ったりしていますが、あくまで一般人が手に入れられる範囲です。
多大なる妄想を含んでいます。本気にしないでください。




前回に引き続き、ノアの方舟のお話です。
※前回の章と若干被ってる内容の本文は割愛します。

○第七章
主はノアに言いました。
「あなたはすべてのきよい動物の中から7つがいずつ、きよくない動物の中から1つがいずつ、空の鳥からも7つがいずつ取りなさい。その種類が地上で生き残るために。

あと7日経ったら40日と40日夜雨を降らせて、地上の生き物を全部消し去るよ。


ノアは全部言われた通りにしました。
ノアはそのとき600歳でした。

ノアの生涯の600年目の第2の月の17日、巨大な大いなる水の源がことごとく張り裂け、天の水門が開かれました。
大雨は40日と40夜降りました。
ノアは三人の息子たちであるセム、ハム、ヤペテと妻、息子たちの妻とあらゆる獣、家畜、地を這うもの、鳥、翼のあるすべてのものと一緒に箱舟に入りました。
神は、彼の後ろの戸を閉じました。

水かさが増していき箱舟を押し上げたので、それは地から浮かび上がって水面を漂いました。
水は山々をすべて覆いつくし、その更に15キュビト(約7.5メートル)増しました。

こうして地の上を動いていたすべての肉なるものは、鳥も家畜も地に群生するすべてのものも、また人も死に絶えました。
箱舟に乗っていたものだけが残りました。
水は150日間、地の上に増え続けました。

~~~~~~~~~~~~~

神の命じられるまま50メートルプール22杯半分の大きさの舟を造るノアに、神様は何度か語りかけたのでしょう。
建設途中、何十年も何の音沙汰もなかったら、ノアも不安になっちゃいますもんね。

最初「すべての生き物のつがいを乗せよ」と言っておりましたが、さすがに全部乗り切るわけないと神も思ったんでしょうかね。
「きよい動物7つがい、きよくない動物1つがい、鳥7つがい」
という縛りをつけました。

この、「きよい」「きよくない」はユダヤ教の《カシュルート》と言われています。

このあとの『レビ記』とか、ユダヤ教の『タルムード』で詳しく説明してくれるのですが、食べて良い動物と食べちゃいけない動物の決まりごと…一般にユダヤ教の食物の清浄規定のことです。
カシェル(アシュケナジ系のユダヤ人の言語イディッシュ語ではコシェル)は「相応しい状態」を示す形容詞で、ユダヤ教戒律に適合したものであることを示します。食物に関してカシェルと言えば、食物の清浄規定(カシュルート)に適合した食べてよい食物のことを指します。
ただし、神様はこの時点では舟に乗せて生き残らせる動物として「きよい」「きよくない」という言葉を使っているだけなので、食用として書いているわけではありません。
この時代、勿論まだユダヤ教は確立されていませんけれども、ノアは「きよい動物」「きよくない動物」と言われただけでそれが分かったということは当時の常識だったのかもしれません。

どうせ残すならきよい動物だけにすりゃよかったのに、と思いますが、そこは恐らく現実との兼ね合いだろうと想像します。
だってそこで清くない動物が全部滅ぼされたことになっちゃったら、なんで今そうした動物が生きてるのか説明できなくなってしまいますからね。
恐竜だって、最初はヨーロッパで存在を確立させるためキリスト教の聖書を根底とする世界観と戦った挙げ句、『恐竜は古代に存在した巨大な草食のトカゲ』と定義することでやっと存在を認められたのですから。
今では肉食の恐竜は当たり前に認められ、毛の生えた《鳥に近い恐竜》もいますし、もう一息ですね!(笑)

ところがここで問題が起きてきます。
この章の前半では『きよい動物7つがい、きよくない動物1つがい、鳥7つがいを乗せる』ように神が命じていますのに、ノアはすべての動物を乗せてしまいました。
確かにこの前の章で神様は『すべての動物を乗せる』ように命じられましたが…ふつう新しい命令が来たら、そっちを優先しますよね。
どういうことなんでしょうか。

調べてみましたら、聖書に載っているノアの洪水の話は2つの民話を混ぜ合わせて作られているという説がありました。
実は、創世記でも同じようなことが起こっています。創世記はもっと複数の話を混ぜ合わせていて、話が前後したり同じ話を何度もしたり、ちょこちょこ矛盾が起こったりしています。
最初に女と男をペアで作ったのに、後からアダムの妻として新たにエバを作ったりとかね。最初の女はどこ行った??
(後世になって、最初に作られた女はアダムとの性行為を拒否して逃亡し、その後悪魔となった『リリス』であるとされた。完全に後付けの設定だと思うが)

元々この大洪水の神話は、シュメール王ギルガメシュを神格化した古代メソポタミアの大ベストセラー《ギルガメシュ叙事詩》から拝借したエピソードです。
多分、この話を元にした《ノアの洪水》の物語はいくつもあったのでしょう。それを無理矢理ひとつの話にしたから、こういうことが起こったというわけです。

とりあえず、最終的にはノアは全部の動物を舟にのせたということです。
自分が認めたものが全員乗ったあと、神様は戸を閉めてしまいました。これで神様が認めなかった者は絶対に入ってこられません。
洪水で水が増え始めて、かつてノアを白い目で見ていた人間たちが恐怖に駆られ血相を変えて助けを求めても、ノアが可哀想に思って彼らを助けてやりたいとどんなに望んでも、戸が開くことはなかったのです。


○第八章
神は、ノアと、箱舟の中に彼と一緒にいたすべての獣やすべての家畜のことを心に留めておられました。
それで、神が地の上に風を吹かせると水は引き始めました。
大いなる水の源と天の水門が閉ざされ、大雨がとどめられました。
水は次第に引いていき、方舟は第7の月の17日にアララテ山の上にとどまりました。
水は第10の月までますます減り続け、第10の月の1日目に山々の頂が現れました。

40日の終わりになって、ノアは箱舟の窓を開き、烏を放ちました。烏は地面の水が乾ききるまでウロウロしていました。
ノアは水が引いたかどうか見るために鳩を放ちました。鳩は、休む場所が無かったので戻ってきました。
それから7日後に再び鳩を放つと、鳩は夕方にオリーブの若葉をくわえて戻ってきました。
それから更に7日後にもう一度鳩を放つと、そのまま戻ってきませんでした。

ノアが601歳になった年の第1の月の1日に水は地上から乾き始めて、第2の月の27日に乾ききりました。

神様はノアに言いました。
「みんな箱舟から出なさい。
そんで地に群がって、生み、増えなさい。」
それで、箱舟に乗っていたすべてのものが外に出ました。

ノアは主のために祭壇を築いて、すべてのきよい家畜とすべてのきよい鳥のうちから幾つかを選びとって《全焼のいけにえ》を捧げました。
主は、そのなだめのかおりをかがれ、心のなかでこう言いました。
「今後は絶対人のためにこの地を呪うのはやめるよ。人の心を思い計るのは悪いことだからね。もう全部の生き物を滅ぼしたりしない。種蒔きと刈り入れ、寒さと暑さ、夏と冬、昼と夜は終わることはない。」

~~~~~~~~~~~~~~~

神のさばきである洪水が、やっとこ終わりました。
ノアたちが何日間箱舟に缶詰めになったか書いてありますが、先程書きましたとおり、どうやら2種類の《ノアの方舟神話》を無理矢理混ぜたために数字の計算が厄介なことになっています。

その説の数え方で整理しますと

40日40夜降った雨の水が40日間地上にあり、40日間かけて引き、それから14日目に放った鳩は戻ってこなかった。
40+40+40+14=134日


ノアが600歳の年の2月17日に雨が降り始め、150日間その水が地にあった。ノア601歳の年の1月1日に乾きはじめ、2月27日に乾ききった。
雨が何日間降り続いたかは書いていないが、雨が降り始めてから乾ききるまで1年と10日間。メソポタミアで使われた太陰太陽暦では1年が354日となるので、合計して364日


ここで注目なのが、今まで「○日目、○日間、○年間」という表現しか使われていなかった聖書に「第○の月の△日目」という表し方が初めて出てきたのです。

①の方舟伝説が昔からあったやつで、②の方舟伝説はあとから暦の概念が出来たあとに書かれたものかもしれません。

とにかく、長い間舟に缶詰めだったノア一家と動物たちは、ようやっとお天道様を見ることが出来たわけです。
彼らの乗った方舟は《アララテの山》というところに流れ着きました。

現在のトルコに《アララト山》という山がありますが、これは12世紀以降にヨーロッパ人により命名されたものです。
現在のアララト山頂から見つかった古い時代の木の化石や、航空写真から見出だした方形の船の跡らしいものをノアの箱舟の痕跡だとし、ノアの箱舟伝説が実証されたと主張する説もあります。


実際のところ、ノアの伝説は本当にあったことなのか?

この洪水ですが、元ネタはギルガメシュ叙事詩と先程書きましたけれども、洪水の範囲はメソポタミア一帯だけとの説が有力です。今でこそ、イラクやイスラエルなどかつてメソポタミアと呼ばれていた地域は砂漠気候地帯ですけれど、昔は豊かな農地が広がっていたわけですので雨量も多かったでしょう。シュメール神話に水の神が多いことからも伺えます。実際しばしば洪水が起きる地域だったようで、暦も雨季と乾期を割り出すために発達したようです。一度水害や日照りが起これば、農業には大打撃ですからね。

(以下、妄想です)
そんな中で、通常よりもひときわ大きな洪水が起こったとき。ある男が前々から大きな木製シェルターを作って、自分の家族や家畜を救ったのです!他の村人たちの家族や家畜はみんな流されてしまったけど、彼の家だけは家族も財産も無事でした。
以前羊について語ったとき書きましたが、古代メソポタミアでは羊の数イコール経済力だったので、羊が水害でみんな死んでしまうことはすなわち家族の死を意味するわけです。
村人たちは
「なんて賢い男だ」
「いやいや、きっと水神さまにお告げをもらったんだべ」
「でっかい洪水が来るぞって、神さまに教えてもらったに違いねぇべ」
と噂し、伝説として語り継いだ。
メソポタミアの集落の伝説だったこの昔話がバビロニアの治世になってからギルガメシュ王を神格化するために書かれた《ギルガメシュ叙事詩》に取り込まれ、アッカド、カルデア(新バビロニア)と引き継がれ、そこから古代ギリシア、古代ローマなど、世界各地の神話として散らばった。
《創世記》も同じで、編纂していた人がこの昔話に目をつけて、シュメール神話とギルガメシュ叙事詩にある大洪水と絡めて聖書に載せた…と。
こんないきさつだったんじゃ無かろうか。


ノアに関してはそう考えてまぁ納得出来るんですが、問題はその元ネタのギルガメシュ叙事詩の洪水の方です。

神話の洪水は、本当にただのお伽噺なんでしょうか?
もし大洪水が地球規模のものだったら、地球上の山々すべて…エベレスト山さえもおおうほどの水が人間たちを襲ったとしたら、現在地球上にある水の量では到底足りない計算になります。
洪水以前の地球は今よりも平坦で大洪水の結果山々や深海が出来たという説もありますが、それでいくと1年間で8000メートル級の山々と10000メートルの深さの海溝ができたことになり、そのような変動は地球そのものを大激変させ箱舟も破壊されてしまいます。

有力な説では、当時の人間の居住はメソポタミア地方に限られていて地球規模には広がっていなかったので、ここに書かれた「地上全て」とは「当時の人間視点から見える範囲での地上全て」というわけです。

でも『洪水は世界規模で実際あったことだ
』と主張する説も興味深いもので、私としては絶対無視できません。
確かにたった1年で全部のことが起こったというのは非現実的ですけれども、一つ一つの事柄を整理してみますと決して有り得ない話ではないので。


現在地球にある山々と海溝を全部ならすと、地球全体が2400~2700メートルの海底に沈んでしまうと算出されているそうです。
水が無い訳じゃないんです。「エベレストとかヒマラヤとかを覆えるだけの水」が無いから無理だろ、って話なんですわ。

その時代にいきなり起こったとするのが無理だとするなら、紀元前4000年よりももっともっと大昔に起きた出来事だったとしたらどうでしょう?そしてその頃にはもう巨人、ないし人間を作った存在が地球にいて、その様子を後世に伝えるために語り継いだ話だったとしたら。ロマンですねぇ!


『「巨大な大いなる水の源」が、ことごとく張り裂け』は、当時、地殻のさらに下には大量に水(初生水…一度も外へ出ていない水)を溜めた層、あるいは水がめのような窟があって、それが地震や噴火を伴う大地殻変動によって地割れと共に噴き出してきた、と考えられます。
『「天の水門」が開かれた』は、大気の変動、火山噴火などに伴う大量の水蒸気などで大雨が降ったのではないでしょうか。

この話を考えるとき思い出すのが、とある説で《地球を覆う大気の層は今よりずっとずっと厚かった》というものです。
ヘンリー・モーリス博士という人が言うには、太古の地球の様子と大洪水以前の環境は科学的に一致する、というのです。

『創造科学』と呼ばれるこの考え方は神学で科学を判断しようとするもので、まず信仰ありきで科学をその道具とする…というものです。
その説ですと、ノアの大洪水以前の地球の上空には、膨大な量の水蒸気からなる「水蒸気層」が存在していたといいます。
そのために、昔の地上は気圧が高くて温暖だったらしいのです。

その証拠として挙げられているのが、プテラノドンの化石。
プテラノドン(学名:Pteranodon)は、中生代白亜紀後期の約8,930万- 約7,400万年前に生息していた翼竜の一種。
ギリシア語で pteron; “翼”と、an-; 否定辞 とodous; “歯”を合わせたもので、「翼があり歯がない(もの)」という意味です。

翼を広げると10メートル以上にもなり、現在の研究では「飛ぶことは不可能」とされています。

今の気圧でそれだけの翼を動かそうと思ったら筋力が滅茶苦茶必要になるわけですけども、そうなると筋肉が増えて体重も重くなる。じゃあ翼を軽くすればいいじゃない、と骨を軽くした場合、台風に挑むビニ傘の如く、風圧に耐えきれず翼はバッキバキに折れます。

ですので、プテラノドンは「羽ばたいて飛ぶのは無理だけど、滑空していた」というのが現在の定説です。
現在の大気圧のもとでは、翼の幅が五メートル前後が飛べる限度と言われています。
でも、創造論の学者たちは

「大洪水以前の地球は、上空にあった水蒸気層のために現在より2倍気圧が高かった」
と考えていて、古代の空では巨大で重たい生物でも飛べたとしています。

プテラノドンの胃からは魚が見つかっているため、彼らは海上を飛んで魚を捕まえて食べていたとされるのですが
海の上に着水した場合、滑空しか出来なかったらどうすんの?と思うので、この《重たいものでも飛べた説》は個人的にいいなぁと思うのでした。

過去の地球は温暖だった、という説ですが、

・今は氷に閉ざされている南極大陸と北極圏に石炭層や珊瑚の化石が発見されていること
(石灰=植物の死骸=南北両極でかつて植物の育つ温暖な環境があった)

・「古生代」とされている木には、ほとんど年輪がないこと(四季がなく一年中温暖な気候だと年輪はできない)

・現在は暖かい地方にしか住まない動物の遺骸が、実際には地球上いたるところで見つかる

などが根拠だと考えられています。

さらに当時は全世界に植物が生えていたので、大気中の酸素濃度が今よりも高かったことがわかっています。
琥珀(木のヤニの化石)の中に閉じこめられた気泡の空気を調べると、太古の大気中の酸素濃度は約30%あったらしいです。
(現在の酸素濃度は21%)


まとめると、
地球にはかつて『水蒸気層』なる現在には存在しない分厚い水蒸気の層があって、その温室効果により地球は《温暖》《高気圧》《高酸素濃度》な環境だったということです。

なんだってそんな話をしだしたかというと、この『水蒸気層』こそが『大いなる水門』だとしているのが創造論者の言い分だからです。


分厚い水蒸気の層…地球を丸々包む水風船のような壁に、彗星や小惑星が地球に衝突したら。
たとえばそれが恐竜たちを絶滅に追いやったとされる、約6550万年前メキシコのユカタン半島に落ちたとされる隕石だったら。

直径10-15kmの大きさの隕石が、約20km/sで突っ込んでくるわけです。
猛烈なスピードで大気を切り裂かれ大穴を開けられた水蒸気層は、非常に不安定な状態になります。

更にそれが地球に衝突すると、広島型原爆の約10億倍、マグニチュード11以上の衝撃が地上を襲います。6550万年経った今でも衝突痕跡である約160Kmの円形クレーターが残る程の衝撃です。

海に落下した場合は約5000メートルの高さの大津波が発生し、大陸に落ちた場合は、発生する衝撃波によって、半径240キロ以内のすべてのものがなぎ倒されます。
衝突地点付近からは膨大な量のチリが一気に空高く吹き上げられて上空の水蒸気層にまで達し、太陽光線をさえぎって水蒸気層を冷やします。
冷やされた水蒸気は水に変わり(鍋のフタに水滴がいっぱい溜まるのを想像すると分かりやすい)、吹き上げられたチリを中心核として雨粒を形成します。
雨が降るためには、雨滴を形成する心核となる微少物質(チリなど)が必要なのです。

そうして降る雨は、局地的な雨雲で降る雨とは根本的に違います。
なにしろ地球の周りを取り囲んでいた分厚い水蒸気層が全て雨になって落ちてくるのですから、本当に天地をひっくり返したような雨だったことでしょう。
更に、隕石の衝撃で起こった地震で、初生水をたっぷり溜め込んだ岩盤にバリバリ地割れが走ります。
上からは天が海になったような雨、下からは地下水の洪水。まさに水攻め。


ちなみに創造論者の方は、「先カンブリア時代」と呼ばれている最下層の地層の上にある地層はすべて、ノアの大洪水の時に一挙に形成されたと考えています。
『地層は長い年月をかけて徐々に形成されたのではなく、大洪水のときに一挙に形成された』としていて、どういうことかっていうと『6500万年前のことだと思われてる出来事は実は5000年前の出来事で、聖書のノアのお話こそが真実だ』と考えているんですね。


私は逆に、6500万年前に起こったことを客観的に観ることのできた存在がいて、彼らの記録を受け継いだのがシュメールの民で、聖書はそのお話を更に受け継いだものなんじゃないかと考えているのですが。


とりあえず、続きは次回ということで。

今回の曲は、バロック時代のシチリアの作曲家ミケランジェロ・ファルヴェッティ作曲「大洪水」
この時代のシチリア島にはまだイスラム文化が残っていたらしく、アラブの楽器が使われているところに注目です。
https://youtu.be/ZOE2A-A6yfs

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